哲学MANの挑戦的な日常

意識高い系が自分には合ってる。

もしも空が飛べたなら

朝だ。
昨日と同じ、あと一昨日と同じ朝だ。
自分でアイロンをかけたシャツ、代わり映えのしないスーツ、誰かにもらったネクタイ。
今日は飲み会もないからよれた靴下でもいいや。
ご飯は缶コーヒーで。
なんだか体がふわふわする、昨日も一人で晩酌だったからな。
30過ぎで寂しいオヤジになったもんだ。
あのころ憧れていた未来に何か全然なっていない。
車は空を飛ばないし、ご飯はチューブじゃないし、俺はお金持ちじゃない。
楽しみと言えばなんだろう、酒と、掃除かな。
仕事はまーまーだ、だけど休みに勝る訳ではない。
二日酔いに託つけて休もうかな。
何か胃もぐらぐらだし、足下もおぼつかないし。
はー、嫌な朝だ。
しかしなんだか滑るな、靴底つるつるになっちゃったか。
靴にまた金がかかる。

左足をあげて靴底を確認しようとしたら右にすこしずれた。

ずれた。

いよいよ二日酔いだな。
でもいつもの砂利が、なんだか、ならされたのかな。
いやまて、何か足底に重力のような熱を感じる。
熱も出てきたか。
いや、やっぱりおかしい。

足下がおぼつかない、道の脇の塀に手をつく。
体が上手くいかなくて疲れる。

なんの汗だ。
熱でもない。
警告、と言うなの冷や汗だ。

気付いた。

浮いてる。

足を中心にだが、下半身に感じてた重力のような熱、これがエネルギーだ。
なぜだかはわからない。
昨日のご飯か、選ばれた人間なのか、タバコをやめたからか。
とにかく、浮いてる。

いや、仕事、行かなくちゃ。
今日は何となく過ごすつもりだったんだ、椅子に座り、パソコンを眺め、会議の眺め、昼食を済ませ、上司を眺め、夕日を眺め、夜は軽くビールを飲んで。
寝たら明日は休みなのに。

浮いてる。

いっその事。


何となく下半身に力を入れてみる。
すー。

上がった。

汗が出る。

力を抜くと足が地面へと着地し、心が警報を止める。

そしてそのことは誰にも言わずに今日は過ぎた。


夜。
公園で一人、時間は10時を回っている。
無人。とたまに通り過ぎていく人、車。
足にこびりついたような熱に集中する。

ふわっ。

来た!
何だこれ。

不安と焦りと、一日分の自問自答と夢と希望が心から溢れ出し心臓に注がれ毛穴から噴出する。
鼓動で指先がじんじんする。

さらに力を入れる。

すーーっ。


心臓に過剰な量の、その何かが注がれ引き裂かれるような鼓動が耳の横で聞こえる。
たぶん、20cmくらい浮いた。
あのベンチの上へ。
と、思った瞬間だった。
冷たい風が吹いたような感じで体が動いていた、バランスを保ったまま。
気付いたらベンチの上へ立っていた。
確信へと変わっていた。
繰り返す繰り返し出てくる単語の羅列が収まる。

公園にある屋根の上へ。

体が浮き、柱をよけ、すすすすっとのぼり、屋根で着地した。


飛べる。
そうとしか思えない、原理とか理論とか科学とか宗教とか。
そんな物が化石になった瞬間だった。
体験に勝る物はない。

屋根から飛び立つ。

飛び、飛び、飛ぶ。

一応手は前に構える。
その方が風の抵抗が薄いからだ。
下半身は固定されているように安定している。
体が水平になり、飛ぶ。

飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。

喜びと幸せで頭がおかしくなりそうだった。
飛んでいる。
僕が。
優越感と祝福と風感じながら公園を一周する。
空中で静止する。

見つかってはいけない。
確かにそう思った。
でも、今はこのままでいい。
街までひとっ飛び。

もっと早く、もっと高く。

もっともっと早く、もっともっと高く。







翌日。
朝のニュースは奇妙な物だった。
駅前の高層ビルに側面から人間が突っ込んだらしい。
突っ込んだというよりも「落下」したようだ。
原因究明と、道行く人の想像を超えないコメントがテレビを飾る。